がくようろうにのぼる登岳陽楼
昔聞洞庭水
今上岳陽楼
呉楚東南坼
乾坤日夜浮
親朋無一字
老病有孤舟
戎馬関山北
憑軒涕泗流
今上岳陽楼
呉楚東南坼
乾坤日夜浮
親朋無一字
老病有孤舟
戎馬関山北
憑軒涕泗流
詩
※日本で一般に読まれている本文によります。
書き下し文
昔聞く洞庭の水
今上る岳陽楼
呉楚 東南に坼け
乾坤 日夜浮かぶ
親朋 一字無く
老病 孤舟有り
戎馬 関山の北
軒に憑りて涕泗流る
現代語訳
昔から洞庭湖の名は聞いていたが、いま岳陽楼に登った。呉と楚は湖によって東南に裂け、天地は昼も夜もこの水面に浮かんでいるようだ。親しい友からの便りは一字もなく、老いて病む身に一葉の舟があるばかり。戦の馬が関山の北にあり——欄干に凭れて涙が止まらない。
原文と書き下し文の対照
昔聞洞庭水 ― 昔聞く洞庭の水
今上岳陽楼 ― 今上る岳陽楼
呉楚東南坼 ― 呉楚 東南に坼け
乾坤日夜浮 ― 乾坤 日夜浮かぶ
親朋無一字 ― 親朋 一字無く
老病有孤舟 ― 老病 孤舟有り
戎馬関山北 ― 戎馬 関山の北
憑軒涕泗流 ― 軒に憑りて涕泗流る
鑑賞
前半は天地を浮かべる洞庭湖の雄大さ、後半は孤舟に身を寄せる老詩人の小ささ。その落差が、国と自身を憂う深い悲しみを伝えます。
日本で親しまれる理由
洞庭湖を望む雄大な詩
語句
- 坼
- 裂ける
- 乾坤
- 天と地
- 戎馬
- 軍馬。戦乱
- 涕泗
- 涙と鼻水
作者
杜甫の生涯と作品一覧は作者ページへ。
作られた背景
大暦三年(768年)、晩年の杜甫が湖南を漂泊していたころの作。